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東京高等裁判所 昭和34年(う)1173号 判決 1959年10月06日

控訴人 被告人 船尾和三

弁護人 桃井[金圭]次

検察官 大平要

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から判示第一の罪につき金四百二十九万八千八百二十八円を、判示第二の罪につき金百七十六万八千五百五十四円を追徴する。

原審の訴訟費用中証人草間馨、同厚木守治、同川添功、同小川佐四郎、同那須正六、同遠藤三郎、同鈴木正章、同吉村淳に支給した金額の三分の一及び証人富沢滋、同槙智雄、同梅津綾子、同林権一、同湯地嘉孝、同坂本豊(昭和二十八年六月十六日支給分)に支給した分の全額は被告人の負担とする。

被告人の本件控訴を棄却する。

理由

控訴の趣意第一点について

所論の要旨は、本件被告事件の起訴の前提となつた横浜税関長の告発書には、犯則貨物の明細、関税及び価格につき明らかな記載がないから、右告発は無効であり、かような無効の告発に基く本件の起訴は訴訟条件を欠く不適法なものであるに拘らず、公訴棄却の裁判をしなかつた原判決は違法であるというのである。そこで記録を調査するに、本件被告事件の告発書である昭和二十七年十一月十四日付及び昭和二十八年一月十日付の横浜税関長磯野正俊作成名義の各告発書には、所論のとおり犯則物件の価格及び関税については目下鑑定中としてその金額の記載がないが、犯則者の氏名、犯則の日及び場所のほか犯則事実として不正な方法により関税を逋脱した具体的事実を記載し、且つ犯則物件として前者には「米国製ナイロンストツキング一、四〇〇ダース」と、後者には「米国製テーブルクロス六ケース(一、五〇五セツト)」とそれぞれその品名、数量の明瞭な記載があるのであつて、かように関税逋脱者の氏名、犯則の日、場所、犯則の方法、犯則物件の品名、数量が具体的に記載されている以上、たとえ当該物件の価格及び関税額が表示されていなくとも、関税法違反事件の告発としては有効と解するのが相当である。けだし昭和二十九年法律第六十一号による改正前の関税法第九十四条によれば、税関長の通告処分の場合には、罰金相当の金額、没収に該当する物品若しくは徴収金に相当する金額を確定して通告しなければならないから、先ず当該犯則物件の価格及びこれに対する関税額を明確にしなければならないが、告発は犯則事実の存在を所轄機関に告知し、公訴権の発動を促がす手段であるから、告発の内容は当該犯則事実を特定し得る程度に事実を明示すれば足りるものというべく、そして特段の事情がない限り、罰金額又は徴収額算定の基礎となるべき犯則物件の価額及び関税額を明確にしなくとも、前記の記載の程度で十分犯則事実を特定し得るものと解せられるからである。

所論はなお、税関長の告発と通告処分とは不可分の関係にあり、通告処分をすることなく告発しても、その告発は無効であると主張するけれども、前記改正前の関税法第九十七条によれば、税関長において通告処分をすることが困難と認めるとき、若しくは通告の旨を履行する能力がないと認めるとき、又は情状が懲役刑に処するのを相当と思料するときは、直ちに告発することを要することになつているから、通告処分をするか、あるいは直ちに告発するかは、右規定により税関長の裁量に委ねられているのであつて、常に通告処分が告発の前提要件となるものではない。

それ故本件に関する横浜税関長の各告発が無効であることを前提とする論旨はすべて理由がないものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 久永正勝 判事 河本文夫)

弁護人桃井[金圭]次の控訴趣意

第一点原審判決は不法に公訴を受理した違法がある。

一、抑関税法はその目的とするところは国の税収入を確保することにあつて、関税法犯則事件があつたときは、理由を明示し罰金に相当する金額、没収に該当する物品若しくは徴収金に相当する金額を税関に納付すべき旨を通告する(本件発生当時の関税法、以下旧法と略称する、第九四条)ことを第一前提とする。而して然る後に税関長が告発することを建前としている。昭和二九年四月二日法律第六二号として公布され同年七月一日施行された現行関税法(以下新法と略称する)第一三八条は更にこの点を明かに規定している。

二、告発が関税法違反事件について刑事訴追の訴訟条件であることは特に明文はないが判例並びに通説の認めるところである(団藤教授条解刑事訴訟法上四六頁。大審判明三五、六、三〇録、八、六、二〇〇。大審判明四四、一〇、三、録一七、一五、六九)。告発が訴訟条件とされる理由は通告処分がなされそれが履行される可能性があり又現実に履行されたときは刑事訴追と相容れないからである。従つて訴訟条件、告発及び明確な通告処分は密接不可分の関係にあつて、明確な通告処分こそ告発を有効な訴訟条件とする第一要件であることは云うを俟たないところである。

三、被告人船尾に対する原判決中罪となるべき事実判示第一(一)及び(二)はいずれも現物は存在せず、告発書に単に米国製ナイロンストツキング一、四〇〇ダース(この到着価格、関税目下鑑定中)並びに外国製テーブルクロス六ケース一、五〇五セツト(この到着価格、関税目下鑑定中)とある丈で課税物件の確定がない。課税物件の確定は新法においては関税は輸入申告の時における輸入貨物の性質及び数量により課するのを建前とし、保税倉庫に置かれた外国貨物は庫入承認の時の性質及び数量により課することになつている(新法第四条)が、旧法当時においては保税倉庫に庫入した貨物の関税は庫出の日において行われる法規に従つて課することになつている(旧法第三条)。

四、然るに原審においては庫出当時の課税物件の確定がないばかりか、これを推測せんとする庫入申告当時の貨物の性質及び数量でさえ極めて曖昧である。極めて抽象的であつて全然具体性がない。告発書には目的貨物品明細、関税並びに価格につき何等之を明かにした記載がなく又その追補さえされていない。従つて起訴状においてはいずれも逋脱何円位となつている様な訳で原審公判立証の段階において明確な裏付の資料も遂になかつたのである。

五、訴訟条件としての告発書として前記の如き通告処分の要件すら充たさない告発状は明かに告発書としての効力はなく、前記本件告発書は無効であると云わねばならない。然らば原審判決はいずれも告発無効により訴訟条件を欠き刑事訴訟法第三七八条第二号の不法に公訴を受理したものに該当するから当然に破棄を免れないものと信ずるものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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